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仙台高等裁判所秋田支部 昭和33年(ネ)7号 判決

控訴人(原告) 野村福次郎

被控訴人(被告) 角館町議会

原審 秋田地方昭和三二年(行)第二号(例集九巻〇号186参照)

主文

原判決を取消す。

被控訴人が昭和三二年一月一六日なした角館町議会議員野村福太郎を除名する旨の議決はこれを取消す。

訴訟費用は第一、二審とも被控訴人の負担とする。

事実

控訴代理人は主文同旨の判決を求め、被控訴代理人は控訴棄却の判決を求めた。

当事者双方の事実上の主張は

控訴代理人において

一、控訴人は家畜商であり、秋田県仙北郡下大曲市を含む旧仙北郡下に一ケ所と限定されていた家畜市場を角館町に誘致新設することに当初から努力してきた。その結果同町に同市場を誘致することに成功した。

二、昭和三一年一一月一二日開催の第六回臨時議会においては同町に誘致する家畜市場(以下市場と略称する)の候補地として同町西野川原地区、小館地区、岩瀬川原地区の三ケ所が挙げられ決定を見ないため県の諒解を得て暫定的に同町火除の旧家畜場跡の残地に市場を設置する旨議決し同所に新市場を建設することの市場設置認可申請をなした。

三、しかしその敷地については他の適地を物色して定めるべきであるとの意見が出たゝめ町当局はその敷地を決定しない侭県と折衝して同年一二月四日市場設置認可申請期限を昭和三二年二月末まで延期することの諒解を得て適地を物色していた。

四、第七回定例議会で被控訴議会が緊急動議により新市場敷地決定のためその選定を総務、産業経済合同委員会に付託し、同委員会が敷地選定の衝に当つたことは認めるが、同議会で新市場敷地決定のため右総務、産業経済合同委員会に付託し同委員会の決議を以て被控訴議会の議決とみなす旨満場一致で議決したとの点は争う。

五、昭和三一年一二月二五日の被控訴議会の総務、産業経済合同委員会において町当局が前記三候補地を提案し同委員会が控訴人一人の反対の外他の多数の出席者の賛成で岩瀬川原地区を市場敷地とすることに決議したことは争わない。

と述べ、

被控訴代理人において

一、新市場誘致については控訴人だけでなく被控訴議会も努力した結果誘致に成功したものである。

二、第七回定例議会においては被控訴議会は新市場敷地決定のため総務、産業経済合同委員会に付託し該委員会の決議を以て被控訴議会の議決とみなす旨満場一致で議決したものである。

三、当審におけるその余の控訴人の主張は何れも争わない。

と述べた。

(証拠省略)

理由

控訴人が昭和三一年三月二一日施行の被控訴議会議員選挙に当選したこと、被控訴議会が昭和三二年一月一六日開会の第一回急施臨時議会(以下急施議会と略称する)において被控訴議会の秩序を乱しその品位を傷つけたと云う理由で控訴人を除名する旨の議決をなし同日右議決を控訴人に通知したこと並びに角館町においては被控訴議会及び控訴人等の努力により秋田県仙北郡、大曲市を含む旧仙北郡下に一ケ所と限定されていた家畜市場を角館町に誘致することに成功し、昭和三一年一一月一二日開催の第六回被控訴議会臨時議会において同町に誘致する家畜市場の候補地として同町西野川原地区、小館地区、岩瀬川原地区の三ケ所が挙げられ決定を見ないため県の諒解を得て暫定的に同町字火除の旧家畜市場跡の残地に市場を設置する旨決議し同所に新市場を建設することの市場設置認可申請をしたこと、然し新市場の敷地として右火除地区よりは他の適地を物色すべきであるとの意見が出たゝめ町当局はその敷地を決定しないまま県と折衝し同年一二月四日市場設置認可申請期限を昭和三二年二月末日まで延期することの諒解を得、敷地を物色してきたこと、第七回定例議会において被控訴議会は緊急動議により新市場敷地決定のためその選定を総務、産業経済合同委員会に付託し、同委員会が敷地選定の衝に当つたこと、而して昭和三一年一二月二五日の総務、産業経済合同委員会において町当局は前記三候補地を提案し同委員会においては控訴人一人の反対の外他の出席委員の賛成により岩瀬川原地区を市場敷地とすることに決議したことは何れも当事者間に争がない。

よつて次に被控訴人が主張する除名事由につき順次判断を加える。まず被控訴人主張の除名事由(1)の事実につき按ずるに成立に争のない乙第一号証及び原審証人佐藤幸一の証言等によれば控訴人は昭和三一年一二月一六日頃の調査について「右調査においては小松隆一について調査したのみで他に左したる調査をしないで映画を見て帰つたと聞いている」旨述べていることが明らかであり、町役場吏員の調査も大略右発言程度のものであることが窺われるので右発言を目して虚偽であると云うのは当らない。而して被控訴人その余の立証によるも右心証を左右しえない。

次に(2)の事実につき按ずるに成立に争のない乙第一及び第四号証等によれば控訴人は急施議会において所論の如き発言をなしたこと、而してこれに先立つ合同委員会の記録には所論の如き発言の事実が記載してないことは明らかである。然し委員会において発言の記載なく本議会において発言の記載ある故を以て直ちに本議会の発言が虚偽であると断定することはできない。即ち原審証人小松弥之助の証言によれば同人は角館町町長宛に一年金二千円で同人所有の西野川原地区の土地を町に貸与することの承諾書を提出しているのであり、同所々在の同人所有土地は原野、開墾地、採草地等併せて一町五反に及ぶ土地であることが認められるのでありこれによつても控訴人の発言が全然虚構であると認めることは失当たることが明らかである。なお右承諾書が合同委員会における右土地調査当時末だ提出されていないと云う事実があつても右認定を覆すに足りないことは多言を要しないい。

次に(3)乃至(6)の事実について按ずるに前記乙第一号証によれば控訴人が被控訴人主張の如く(3)乃至(6)の事実どおりの発言をなしたことが認められる。而して斯かる発言が妥当であるか否かは疑問の余地なしとしないが然し議会における議員の自由なる政治的見解の発表として是認されない底のものであるとは認められない。即ち、原審及び当審における控訴人の供述及び弁論の全趣旨によれば控訴人は家畜商であり家畜市場の設置個所の問題については他の議員よりも豊富な経験知識を有するとの自負心があり議会の多数決に従い岩瀬川原地区に市場を設置せんか甚しく立地条件が悪く為に将来必ず経営が行詰るべきことを確信しその確信に基き発言していることが認められること、而してその後岩瀬川原地区における市場経営は所期の成績を挙げえなかつたこと、不振に終つたことは控訴人一人の反対によつて招来しうる性質のものではないこと等を考え合せると右言辞が多少激越且つ尊大、傲岸なそしりを免れないし角館町議会議員としての言動としてはいささか当を失しているうらみなしとしないがこれを以て議会の秩序をみだし又は議員たるの品位を傷つけたものとまでは認めえない。

次に前記(1)乃至(6)の発言が一連のものとして議会の秩序を乱す非行か否かについて判断する。

成立に争のない乙第一乃至第五号証、原審証人村瀬三郎、同伊藤尚正、同熊谷恒治、原審及び当審における証人菅原三什郎等の証言等によればもともと昭和三一年一二月一八日の第七回定例議会においては総務、産業経済合同委員会の決議を以て議会の決議とみなす旨決議したのであるから右委員会の決議によつて議会の意思は決定されたものと認むべきであるけれども被控訴議会においてはその議決のみで足れりとせずその主張の如き事由から特に本件急施議会を開き改めて市場設置問題の討論を行つているのであり法律的にはかゝる討論が無意義であるか否は別としても控訴人においては議員として議事について採決に入る前提としての討論を為す意図のもとに前述の如き発言をしていることは明らかである。而して自己の主張を貫徹せんとする余り誇張的な言辞が用いられることは往々経験するところであり本件の発言の内容、程度から考えて議会又は議員を誹謗するもの或は議会の議事進行を妨害し議会を混乱させるためのものとは即断しえないし又従て議員たるの品位を失墜したものとも認めえない。尤も原審証人村瀬三郎及び同伊藤尚正等の各証言によれば控訴人の言行は議事録の記載以上に激越なものでありその記載のみでは全般を窺いえないものであるとか、更には控訴人は町役場において故なく職員を使用し又はこれに圧迫を加えた等の供述が存するけれども議事録記載以外の被控訴人主張事実はたやすく認めがたいし役場吏員に対する圧迫等は除名原因として被控訴人の主張せざるところなので敢えて判断を加えない。要之(3)乃至(6)の事実によつても控訴人を懲戒処分に付して除名しうるとまでは認め難い。

次に(7)の事実について判断する。右乙第一号証によれば控訴人は被控訴人主張の如く田沢湖町の一議員に対して市場設置を申請するよう議場外において働きかけた事実のあることを認めるに足りる。右認定に反する原審証人難波伯二の証言並びに原審及び当審における控訴人の供述は措信できない。而して右の如き事実は反町的な言辞であり町政の発展に尽力すべき議員の任務職責に反することは明らかであるからこれによつて懲罰されることはけだし已むを得ないと考えられる。然し右の非行が果して除名と云う重い懲罰に値するかについては当裁判所は消極に認めざるをえない。即ち原審及び当審における控訴人の供述、乙第一号証、弁論の全趣旨に徴するに控訴人は異常な熱意を以て西野川原地区の市場実現を期しているのであり、心底より田沢湖町に市場が設置されることを希望し企図したものであることは明白であるし更に自己の主張が到底実現しないことを知つて敢て反町的態度に出る考があつたものとも認めがたい。いわばいやがらせ的行為或は自己の主張を飽迄貫徹せんとする強引な策謀とでも解すべきである。右事実は控訴人において前述の如き働きかけをなした外には別段積極的に田沢湖町に市場を誘致せんとして行動を起した事実が認めえないことよりもこれを窺知しうる。要之、控訴人の右非行は反町的であり従て議員の職責にも反することでありその品位をけがす行為ではあることは明らかであるが果してそれが除名処分に当る程度の重大な非行とは到底之を認めえない。されば右非行を理由に控訴人を除名することは甚しく妥当を欠くものと認めざるをえない。

右説示の如く被控訴人主張の(1)乃至(7)の所為を理由に控訴人を除名することは違法であり被控訴議会がなした本件除名決議の取消を求める控訴人の本訴請求は理由がある。されば右と認定を異にする原判決は取消を免れず本件控訴は理由がある。

よつて民事訴訟法第三八六条、第八九条、第九六条を適用して主文のとおり判決する。

(裁判官 松村美佐男 松本晃平 小友末知)

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